両親の事
あの時、妹達は頑なに父を拒んで俺は父の味方であるようなスタンスを取った
でもそれは本心じゃなくてなんかそういう格好をしただけなんだよな
結局今も衝縄を離れて父と會う機會は兄妹の中で一番少ない
一番の親不孝だよな
母の事は昔から嫌いだった
正直あんまり記憶は無いかも
子供の頃は夜になると父と一緒に松山まで送り出していたのを覚えている
キャバ嬢だったんだろうな
送り出す父の事を考えると何とも言えない気持ちになる
そういえば妹二人もキャバ嬢経験ありだな
よく店で1度も會わなかったな
俺が選んだ高校は學力に見合わずめちゃくちゃ固い學校だった
日中の外出禁止
當然學校內に売店などない
親は毎日弁當を作らなくてはいけない
今考えればかなり過酷だよな
俺の記憶では俺の弁當を作ってくれたのはほとんど父だ
母は俺が朝起きた頃はまだ眠っていた
襖が閉められていたのを覚えている
俺の通う高校が朝早いからだと思っていた
(俺の通う高校は當時他にはほとんどない0校時があった7:40開始そして毎周土曜日はミニテスト)
でも多分病んでたんだな
メンヘラの母だ
その可能性があるとかではなく、確実にそうだ
父は22で結婚し俺を生んでる
で俺が高校1年生って事はちょうどいま頃なのか
今の俺に高校生の子供がいてっていうのは想像できないし
まず無理だな
本音を言うと、俺は両親が嫌いです。
子供の頃に親のSEXを見た時、大人が嫌いになった
次の日、當たり前のように家族で朝食を取っているのを見て子供ながらに不快感を覚えた
両親が大嫌い
父は犯罪者
母はメンヘラ
俺は両親の事をおやじとかおふくろとか絕対呼ばない
それは親と子供の距離感を適度に保ちながら今を形成している人たちが使う呼び名だ。
なんだかんだで感謝の言葉を述べる不良の言葉だ。
ちゃんと親と客観的に付き合い、家族間での距離間に違和感を感じた人はその段階を踏めない
母とは大人になって飲んでも何度も喧嘩した
で気づいたのが俺とめちゃ似てるんだわ
俺が母に似たのか
で父の事も十分に受け継いている
俺は誰が何と言おうとまじでこの両親の子だわ
DNA鑒定無しでまじ分かるわ
両親のダメなとこで構成されてる笑